ベンダーロックインの重大な問題点や将来的なリスクを解説
DX 推進の手段として、システムの導入/開発が挙げられます。
一方で、システム導入/開発をベンダーに任せっきりとなった結果、いつの間にかベンダーロックインに直面。思わぬ形で DX 推進の選択肢が限定されていく事態に陥っています。
「餅は餅屋」という言葉の通り、専門性の高いベンダーと組むことは、1 つの理想的なチーム体制になります。重要なことは、将来を見据えた適切な意思決定をするために、ベンダーロックインが引き起こす問題点やリスクを正しく認識することです。
本記事ではベンダーロックインの具体的な問題点と将来的なリスクについて解説します。
ベンダーロックインの問題点
ベンダーロックインで直面する主な問題は以下 3 つです。
- PDCA の停滞
- ナレッジ・ノウハウの蓄積困難
- 運用コストの肥大化
上記の問題を順に掘り下げて解説します。
PDCA の停滞
ベンダーロックインに陥ると、自社でコントロールできる範囲が急激に狭まるため、PDCA の停滞が起こりがちです。
PDCA の各ステップにおいて、以下のように機能不全に陥ります。
PDCA | 本来あるべき姿 | ベンダーロックインによる機能不全 |
---|---|---|
Plan | システムの問題を認識し、改善案を立案 | 「これを改善したい」という現場の声があっても、ベンダーの制約(機能・期間・金額・契約など)に縛られる |
Do | 立案した改善案の実行 | 小さな改善要望であっても、必ずベンダーを介する必要があり、迅速な実行ができない |
Check | 改善結果の検証 | 改善に必要なデータがブラックボックス化し、効果検証や分析ができない |
Act | 検証結果を踏まえて更なる改善 | 検証結果を踏まえた追加の改善も、再度ベンダーへの依頼から始める必要がある |
具体例を挙げると「この画面をもう少し使いやすくしたい」という現場からの小さな改善要望でさえ、以下のような複数のステップを経る必要があります。
- ベンダーへの発注依頼
- 見積もり
- 投資対効果の試算
- 予算確保
- etc…
そのため、本来なら翌月に実現したい改善も、半年以上の時間を要することも珍しくありません。
このように、PDCA サイクルの全工程でベンダー依存が強まることで、業務改善の機動力が著しく低下。結果として、現場の改善意欲も失われ、組織の成長力そのものが停滞することになります。
ナレッジ・ノウハウの蓄積困難
ベンダーロックインにより、システムがブラックボックス化すると、社内にナレッジ・ノウハウが蓄積されにくい状態に陥ります。
影響対象 | 具体的な問題 | 波及する悪影響 |
---|---|---|
システム | システムの仕様や構造が理解できない | ・改善のアイデアが生まれにくい ・改善提案の質が上がりにくい ・システムの進化が遅い |
組織 | システム知識やナレッジが組織に根付かない | ・属人的な運用を強いられる ・チーム全体の専門性が育たない ・DX 推進の判断力が上がらない |
ブラックボックス化によって、仕様や構造を把握する手段は失われ、改善施策を検討すること自体が困難になります。また、ベンダーからの提案に対しても、妥当性の判断が難しく、結果として鵜呑みにせざるを得ない状況になりやすいです。
さらに、システムに関する知見が組織に根付かないため、改善のための判断力が育たず、ベンダー主導の意思決定を余儀なくされます。
このように、ナレッジ・ノウハウの不足は、システムと組織の両面で成長機会を奪い、結果としてベンダーへの依存度をさらに高める悪循環を生み出します。
運用コストの肥大化
ベンダーロックインになると、自社でシステム運用・改善できなくなり、都度、現行ベンダーへ発注しなくていはいけません。その結果、競争原理が働かないことから、運用コストが肥大化します。
フェーズ | コストの種類 | 発生する問題 |
---|---|---|
改修発注前 | 金銭面 | ・見積もりの妥当性を判断できない ・費用面で、必要な改善を先送り |
人的負担 | ・仕様調整に膨大な時間が必要 ・ベンダーとの折衝に工数が発生 |
|
改修発注後 | 金銭面 | ・高額な改修費用の支払い |
人的負担 | ・進捗管理や品質チェックの工数 ・調整業務の負担 |
|
保守運用時 | 金銭面 | ・高額な保守運用費用がかかる |
ベンダー発注以外の選択肢がないため、高額な見積もりでも受け入れざるを得ない状況が続きます。その結果、予算や投資対効果の兼ね合いにより、改修の頻度が減少し、必要な改善も先送りになりがちです。
また、月々の保守運用費用が固定費として圧し掛かり、年々のコスト増加に歯止めが利かない状況が続くこともあるでしょう。
このように、運用コストの肥大化は直接的な収益性の悪化に加え、新たな投資の機会損失を招き、結果としてシステムの陳腐化を加速させる要因となります。
ベンダーロックインの将来的なリスク
ベンダーロックインの将来的なリスクを端的にいえば、競争優位性の喪失です。時間の経過とともに、以下の 3 つのリスクが段階的に表面化します。
時間軸 | 発生するリスク | リスクの性質 |
---|---|---|
常時 | 即時的な事業停止リスク | 生存の基盤に関わるリスク |
中期 | DX主導権の喪失リスク | 自己決定力に関わるリスク |
長期 | 競争力の喪失リスク | 環境適応力に関わるリスク |
上記のリスクを順に掘り下げて解説します。
常時:即時的な事業停止リスク
ベンダーロックインの状態で、以下のような事態が発生すると、システム停止から事業停止に直結するリスクがあります。
具体的な事例 | 事業への影響 |
---|---|
・ベンダーの突然の撤退 ・廃業・契約上のトラブル ・キーパーソンの退職・異動 |
・システム保守運用や改修が困難 ・運用ノウハウが喪失 ・障害時の即時対応が不可能 |
システムがレガシー化している場合、障害の原因特定や復旧に長期間を要し、事業継続に深刻な影響を及ぼす可能性があるでしょう。
このように、ベンダーロックインは「いつ何時、事業が止まるかわからない」という生存の基盤を脅かす重大なリスクを孕んでいます。
中期:DX 主導権の喪失リスク
ベンダーロックインが恒常化すると、DX 推進の主導権が徐々に喪失。その結果、以下のような悪影響が波及します。
リスクの種類 | 具体的な状況 |
---|---|
社内議論の形骸化 | ・「ベンダーに任せているから」と議論が減少 ・現場からの改善提案が途絶える ・デジタル戦略を自社で描く機会の喪失 |
選択の自由度低下 | ・ベンダーの提案する範囲内での選択を強いられる ・技術選定の幅が狭まる ・投資判断の主導権を失う |
推進力の低下 | ・デジタル化のスピードがベンダーのペースに依存 ・全体最適な DX 構想が描けない ・中長期的な成長戦略を立案できない |
また、ベンダーの都合に振り回される結果、自社が描く DX の実現がより困難になるでしょう。
このように、DX 主導権の喪失は自律的な意思決定力を奪い、最終的にデジタル変革の機会損失に繋がります。
長期:競争力の喪失リスク
ベンダーロックインにより、DX 主導権の喪失が長期化すると、市場における競争優位性が徐々に失われていきます。
リスクの種類 | 具体的な状況 |
---|---|
独自性の喪失 | ・自社の強みを活かした DX 戦略が描けない ・独自データが蓄積されず、データドリブンな事業展開ができない |
組織力の低下 | ・最新テクノロジーを取り入れられない ・デジタル人材が育たない/集まらない ・組織全体のデジタル活用が進まない |
変化対応力の低下 | ・テクノロジーの環境変化に迅速な対応ができない ・競合他社のデジタル化に後れを取る ・テクノロジーを活用した新規事業の展開が遅れる |
デジタル化が競争力の源泉となっている現代において、上記のような競争力の低下は将来的な企業成長のボトルネックになるでしょう。
このように、競争力の喪失は、単なる一時的な出遅れではなく、市場からの撤退を余儀なくされるリスクを孕んでいます。
おわりに
本記事では、ベンダーロックインがもたらす問題点とリスクについて解説しました。
専門性の高いベンダーに任せることは、DX推進の有効な選択肢の 1 つです。重要なのは、紹介した問題点やリスクを正しく認識した上で、自社の主体性を保ちながら共に進めていくことです。
本記事が、ベンダーとの望ましい関係づくりの一助となれば幸いです。
この記事を書いた人
2016 年に旭化成株式会社に入社し、原料管理のシステムエンジニアとして従事。2019 年に株式会社キカガクに入社し、新規事業のソフトウェアエンジニア兼 C 向けコンテンツマーケティング責任者を担当。2024 年に、株式会社ファンムーブを設立。上場企業からスタートアップまで幅広く DX を支援している。